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偉人列伝

第16回 石川六郎(1925年―2005年)

石川六郎  鹿島建設社長、会長を歴任。財界活動も精力的に行い1974年には経済同友会・木川田一隆代表幹事の下で副代表幹事。そして87年に五島昇会頭の指名で、第15代の日本商工会議所会頭に就任した。  就任直後、消費税の導入問題が沸き起こり、会員の中小企業らが猛反発した。その会員と財政当局の間に立って調整に尽力し、最後には「条件付き賛成」で日商をまとめた。  東京都生まれ。初代経団連会長・石川一郎氏の6男として生まれ、48年東京帝国大学工学部土木工学科卒業後、運輸省に入省、その後国鉄に勤務していた時に鹿島建設4代目社長である鹿島守之助の2女と結婚、55年に取締役として鹿島建設に入社した。  入社後は土木部門を取りまとめダム、道路、臨海工業地帯の造成など、機械施工による近代化を推進した。また積極的に原子力開発分野への進出を図り、日本原子力研究所第一号原子炉、東京電力福島原子炉など、数多くの原子力発電所を受注した。  さらに日本初の超高層建築「霞ヶ関ビル」の建設を主導し、技術経営トップとしての評価を高めた。  78年に社長に就任、精神作興と科学的管理の定着、企業戦力の強化拡充を目標にTQC(総合的品質管理)をいち早く導入し社内改革を推進した。  84年に社長を退いた後も実力会長として君臨し、各種審議会や業界団体の会長を務めていた。しかし、93年にゼネコン汚職事件が起こり、日商会頭ほかの公職をすべて退いた。  1986年藍綬褒章受章。 (肩書は当時)

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石川六郎 社長交代記者会見で。
石川氏(右)の隣が渥美健夫会長(1978年) 左から盛田昭夫・ソニー社長、石川氏、小山五郎・三井銀行社長、五島昇・東急グループ総帥(1972年) 娘の由美子さんのサービス。これ以上の美酒はない(1978年)
左から石川氏、岡田卓也・ジャスコ社長、伊藤雅俊・イトーヨーカ堂社長、歌田勝弘・味の素社長、中原功・東急ストア社長(1983年) 「好きな言葉は努力です。それに、自分に打ち勝つ、克己という言葉が好きです」。右は本誌主幹の佐藤正忠 衆議院議員の佐藤信二氏を応援する会で挨拶に立つ 財団法人「日本ファッション協会」設立披露パーティーで、斎藤英四郎・経団連会長と談笑(1990年)
建築家の安藤忠雄氏とは「21世紀の日本」をどう建設するかをテーマに本誌で対談(1999年) 仕事の合間を縫って論文を書き上げ、東大の工学博士号を取得した理論派経営者だった