JavaScript対応ブラウザで表示してください。

偉人列伝

第11回 佐治敬三(1919年―1999年)

佐治敬三  サントリーの前身、寿屋を創業した鳥井信治郎の次男として大阪で生まれ、後に母方の縁者と養子縁組をして「佐治」姓となる。積極果敢な販売・宣伝活動でサントリーを日本を代表する総合飲料メーカーに育て上げた。その一方で企業の社会・文化活動の重要性を早くから唱え、日本の伝統生活・文化をテーマとしたサントリー美術館やコンサート用のサントリーホールなどを開設し「生活文化企業」としての礎を築いた。  1942年大阪帝国大学理学部卒業後、海軍に入り技術大尉。45年寿屋に入社。専務時代には同社社員だった故・開高健氏(作家)らと斬新な広告宣伝を打ち出し、大衆ウィスキー「トリス」の販売を指揮して第1次洋酒ブームを巻き起こした。61年に社長に就任、63年には社名を「サントリー株式会社」に変更し、悲願のビール事業へ参入した。赤字続きに悩まされたが46年目の2008年、長男の佐治信忠社長がついに黒字化を果たした。  現在は持ち株会社に移行しており、08年12月期の連結売上高は1兆5千億円を超える大企業に成長した。  85年には大阪商工会議所会頭に就任し、東京一極集中の是正を訴え「関西復権」を提唱、関西空港の実現に尽力。  また、サントリーミュージアムを大阪市に開設するなど大阪の文化・芸術の発展に貢献した。  その一方、88年には東北地方を「熊襲」と呼ぶなど物議を醸し、東北地方でサントリー製品の不買運動を招き、事態収拾に追われたことも。  90年本家筋の鳥井信一郎が社長に就任し、会長に退いた後も「中興の祖」として社内外に大きな影響を及ぼした。  歯に衣着せぬ物言いと明るい性格で人望を集め、酒を愛し、油絵や写真、長唄や俳句と多趣味としても知られた。89年勲一等瑞宝章受章、99年勲一等旭日章受章。 (肩書は当時)

フォトギャラリー

佐治敬三 「ビールをやっていなければ、大阪の”超優良企業”になっていたでしょうね」。本誌主幹・佐藤正忠とのインタビューで(1993年) 画家の岡本太郎氏と(1977年) 大平正芳大蔵大臣と
「素顔のベートーヴェン展」で小林與三次・日本テレビ会長と(1983年) 「サントリー美術館開館25周年記念展」で高円宮憲仁親王、久子妃殿下をご案内する(1986年) サントリーオープン「アマ・プロチャリティーゴルフトーナメント」で青木功プロにアドバイスを受ける(1985年) 土方武・日本たばこ産業会長と「酒とたばこ」をテーマに対談(1992年)
佐治氏(右から4人目)や山田稔・ダイキン工業社長(同2人目)らが参謀となって臨んだ森下泰氏(森下仁丹社長)の参院補欠選挙(1973年) 銀座の酒販店で1日セールスマンを務める。「純生」の人気ににっこり(1978年)