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偉人列伝

第8回 鈴木治雄(1913年―2004年)

鈴木治雄  父は味の素の2代目社長で後に昭和電工社長も務めた鈴木忠治氏。「鈴木8兄弟」として知られた秀才揃いの一家で、長兄の三千代氏は三楽オーシャン(現メルシャン)社長。他の兄弟も東大教授や高級官僚、企業トップを務めた。治雄氏はその5男。1936年東京大学法学部を卒業。同年野村証券へ入社し、その後39年に昭和電工に入社した。戦後の一時期、公職追放されたが51年に復帰し71年社長に就任、81年に会長。その後名誉会長、最高顧問を歴任した。  その間、阿賀野川水銀事件では被害者の救済を決断。また石油危機後のアルミ精錬事業撤退やフィリップス・ペトロリウムとの合弁解消や大分のエチレンプラントを第1次石油危機の中で大増設するなど、経営者として卓越した経営手腕を発揮した。  財界活動では経済同友会の設立に当たって最年少(33歳)の発起人となり、後に副代表幹事に就任。また経済界が芸術文化活動を支援する目的で90年に設立した企業メセナ協議会の初代会長に就いた。 「知性派財界人」としても知られ、学生時代から文学に親しみ、94年に財界人による同人誌『ほほづゑ』を創刊、また絵画、音楽、古典文学など文化全般に造詣が深かった。  89年勲一等瑞宝章、90年フランス芸術文化勲章・コマンドール章、95年レジオンドヌール勲章・オフィシェ章受章。 (肩書は当時)

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鈴木治雄 読書家で知られる鈴木氏の書庫には詩歌集や画集、小説などが所狭しと並ぶ(1975年) 自宅で糸子夫人からマッサージを受ける(1975年) 女優の水谷八重子氏とは文化・芸能を語り合った(1998年)
左から鈴木氏、作家の宮尾登美子氏、河毛二郎・新王子製紙名誉会長、本誌主幹の佐藤正忠(1995年) 日本画家の平山郁夫氏との対談では絵画論、人間論を交わし合った(1979年) 科学協会の”3巨頭”がゴルフ場で顔合わせ。左から鈴木氏、鈴木氏、鈴木永二・三菱化成工業社長、土方武・住友化学工業社長(1977年) 吉井画廊で開いた初の個展でのひとこま。鈴木氏(右から3人目)の左が稲山嘉寛・経団連会長、右が後藤康男・安田火災海上保険会長(1983年)
鈴木敏文・セブン-イレブン・ジャパン社長と対談(1985年) 柔和な表情に強靭な意志を秘めた理論派経営者だった