JavaScript対応ブラウザで表示してください。

偉人列伝

第5回 五島 昇(1916年―1989年)

五島 昇  東京商工会議所副会頭から1984年日本商工会議会頭に就任、「行政改革法案」成立に尽力した。また東急グループの総帥としてグループを再編し改革を推進、最盛期にはグループ会社400社、従業員8万人を抱える巨大コンツェルンに育て上げた。  1916年、東京・駿河台で東急グループの創始者である五島慶太氏の長男として生まれる。40年東京大学経済学部を卒業後、東京芝浦電気(現東芝)に入社。45年東京急行電鉄に入社し、東急横浜製作所、京浜急行電鉄取締役となり、54年東急社長に就任した。その後グループ会社の社長、会長をはじめとして関連会社である京王帝都電鉄(現京王電鉄)、小田急電鉄、松竹や歌舞伎座の要職を歴任した。  父慶太氏の企業買収による事業拡大戦略とはやや距離を置き、グループ経営へと舵を取り、航空事業やホテル事業、リゾート開発への拡大を図った。  一方で財界活動にも積極的に参加。当時、日本商工会議所会頭だった永野重雄氏らの薫陶を受けた。  私生活では氏の持つその風貌から「財界の団十郎」とも呼ばれ酒と釣り、ゴルフをこよなく愛した粋人でもあった。 (肩書は当時)

フォトギャラリー

五島 昇 宇佐美洵・元日本銀行総裁と 飯田亮・日本警備保障会長と 「これからは君の出番だ」と日本商工会議所新会頭に就任する石川六郎氏とがっちり握手(1987年)
大槻文平・三菱鉱業セメント会長(左)と談笑 日本商工会議所主催の「全国郷土祭」にて。五島夫妻と、小山五郎・三井銀行会長(1978年) 国際ニュービジネス大会の記念パーティーにて。左から関本忠弘・NEC社長、橋本龍太郎運輸大臣、五島氏(1986年) 弊社主催のチャリティーゴルフ大会にて。同じパーティーでラウンドする左から
永野重雄・日本商工会議所会頭、堤義明・国土計画社長、五島氏(1978年)
左から五島氏、大沼淳・文化服装学院理事長、松園尚巳・ヤクルト本社社長、盛田昭夫・ソニー社長、本誌主幹の佐藤正忠(1972年) 行革推進のために、鉢巻きを締めてデモ隊の先頭に立つ。体を張って国家の危機を救う愛国者の姿があった
(1983年)