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偉人列伝

第29回 田口利八(1907年―1982年)

田口利八 「日本のトラック王」の異名を取り、西濃運輸を創業して一代で同社を日本を代表する業界大手に育て上げた、長距離トラック輸送のパイオニアである。
 長野県南木曽町生まれ。1922年大桑尋常小高等科卒業後、30年に中古トラック1台で田口自動車を創業した。その後、軍隊でトラック輸送の将来性に着目し、33年岐阜県大垣市で運送業者として営業を開始した。41年、トラック20台で「西濃トラック運輸」を設立。その後、戦争による企業統合を経て、46年水都産業(現在の西濃運輸)を設立、再出発した。
 トラックによる長距離輸送に早くから取り組み、運輸省に直談判し48年、「大垣・名古屋間」の路線免許を取得した。さらに「名古屋・東京間」、「大垣・大阪間」の路線免許も取得し、東京・大阪間の産業動脈を結ぶトラック輸送路線を作り上げ、路線トラックの先駆けとなった。
 81年には業界から初めて全日本トラック協会会長に就任、中部経済連合会副会長や大垣商工会議所会頭などを歴任した。
 また、交通遺児の支援のために多額の私財を寄贈して、当時の話題を集めた。
 氏の持つ風貌から、豪気な人という印象が強いが、細やかな神経の持ち主で、多くの従業員や経営者から慕われていた。
 1977年勲二等旭日重光章受章。
(肩書は当時)

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田口利八 菊地庄次郎・日本郵船社長と本誌で対談(1976年) 「企業の“いのち”は永遠だと思うんですよ。これにすべてを懸けていきます」。聞き手は本誌主幹の佐藤正忠(1975年) 早朝4時半に起床し、新聞各紙に目を通す。左はこのゑ夫人(1977年)
「今日も1日事故を起こさんようにな」と出発するドライバーに声を掛ける(1977年) 永野重雄・日本商工会議所会頭(右)、三宅重光・東海銀行会長(左)と長良川で鵜飼見物を楽しむ(1978年) クラブ「なつめ」創業20周年パーティーにて。左から加藤誠之・トヨタ自販社長、豊田英二・トヨタ自工社長、なつめの加瀬文恵ママ、田口氏(1977年) 豊川稲荷で新年を迎え、社員やその家族のために心を込めて祈るのが恒例だった(1976年)
トラック1台から出発して、会社を長距離トラック業界の雄に育て上げても、常に初心を忘れない経営者だった