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偉人列伝

第32回 大川 功(1926年―2001年)

大川 功  情報サービス企業CSK(現・CSKホールディングス)を創業し、グループ全体で売上高1兆円を超える大企業に育て上げ、ITビジネスの先駆者として活躍し「ITベンチャーの父」と呼ばれた。後に大手ゲーム会社、セガ(現・セガサミーホールディングス)の社長、会長を歴任し、経営の陣頭に立った。
 また1996年から98年までベンチャー企業の経営を支援するニュービジネス協議会会長を務めた。
 大阪府生まれ。48年早稲田大学専門部工科を卒業し、繊維問屋勤務を経て、タクシー会社を経営後、68年コンピューターサービスを設立した。給与計算などのソフト開発を手掛けながら、東芝や松下電器産業(現・パナソニック)などの大企業からコンピューターシステムの構築や運営を受託し事業を拡大した。
 82年ソフトウエア企業として初めて東証2部へ上場し、83年には同社の株価が、上場企業中最高値を記録した。その後も情報関連出版のアスキーを子会社化するなど、数多くのIT関連企業を傘下に収め、一大情報産業グループに育て上げた。
 84年米ゲーム会社からセガを買収、ゲーム機「ドリームキャスト」を発売し、ソニーの「プレイステーション」に挑んだが、後に生産中止に追い込まれた。このゲーム機事業撤退に伴う損失穴埋めのため、850億円相当の私財をセガに寄贈し、同社再建に情熱を傾けていた。
「日本を引っ張るのはベンチャーだ」と公言し、若手経営者の育成に心を砕き、「ベンチャーの旗手」と呼ばれたソフトバンク社長・孫正義氏らに大きな影響を与えた。
 96年勲三等旭日中綬章受章。
(肩書は当時)

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大川 功 第8回経済界大賞「異色企業賞」を受賞。左から高原慶一朗・ユニ・チャーム社長、大川氏、大森康彦・日本警備保障副社長、飯田亮・日本警備保障社長、五島昇・東急電鉄社長(1983年) 昭和元年生まれの経営者が集まった「昭元会」のメンバーらと節分会を行う。大川氏(前列右から2人目)の右は前野徹・アジア経済人懇話会理事長、左は藤田田・日本マクドナルド社長(1998年) 歴代会長と幹部が顔をそろえたNBCの懇親会にて(1998年)
左から高原慶一朗氏、大川氏、篠野中道・チェスコム社長(1985年) クリエーター養成のためのインターネットスクール「Dragon Gate」開校記者会見で、作詞家の秋元康氏と握手(2000年) 「金儲けは技術ですが、金を使うのは“芸術”ですよ」。聞き手は本誌主幹の佐藤正忠(1983年) 68年に会社を設立し、倍々成長を遂げ、10年足らずで情報処理産業のトップにまで上り詰めた