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偉人列伝

第38回 藤田 田(1926年―2004年)

藤田 田  日本マクドナルドの創業者。ハンバーガーを日本に導入して新しい食文化を定着させた「日本におけるハンバーガーの父」である。そのあふれんばかりの才能はハンバーガー以外にも及んだ。
 1989年には玩具販売の日本トイザらス(米国トイザラスの日本法人)を設立。それ以外にも日本ブロックバスター(米国のレンタルビデオチェーン日本法人)や日本タイラックス(世界一のネクタイ・スカーフ製造販売会社。英国タイラックス社の日本法人)などを次々と設立し、大きな話題を集めた。時代の先を読む鋭い先見性と国際感覚は卓越しており、斬新で大胆な経営手腕が国内外から高く評価された“カリスマ経営者”であった。
 大阪府生まれ。51年東京大学法学部卒業。在学中にGHQ(連合国最高司令官総司令部)の通訳の仕事を通じてビジネスを志すようになり、50年に輸入雑貨販売店の「藤田商店」を設立した。
 71年に米国マクドナルド社と提携し、日本マクドナルドを設立して社長に就任、同年、東京・銀座4丁目に第1号店をオープンさせた。
 その後も全国展開を積極的に進め、10年余りで国内の外食産業をリードするトップ企業に育て上げた。
 2000年には、デフレ経済を予見し、当時120円だったハンバーガーを平日半額で販売するなどの低価格戦略を展開、デフレ下でも業績を伸ばして、脚光を浴びた。
 01年にはジャスダック市場に上場。しかし、その後は商品の値下げや値上げを繰り返し、価格政策が迷走したことで消費者離れが加速。さらにBSE騒動などの逆風も影響し、02年2月には社長退任を余儀なくされた。そして02年度に創業来の最終赤字に転落した責任を取り、03年3月に会長職も退いた。
 徹底した合理主義者として知られ、常々「成功はいかなる人にも平等に与えられた24時間にどれだけ努力するかにかかっている」と話し、「お金儲けは正しい」と言ってはばからなかった。1986年藍綬褒章受章。(肩書は当時)

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藤田 田 昭和元年生まれの経済人が集う「昭元会」の20周年記念で刊行した『元年から65の手紙』出版記念懇親会で。前列右から8人目が藤田氏(1996年) 「勝ち残る秘訣は他人より多く働くことです」。聞き手は本誌主幹の佐藤正忠(1997年) 病気と闘う子どもとその家族のための滞在施設「ドナルド・マクドナルド・ハウスせたがや」の開所式で(2001年)
2001年7月にジャスダック市場に上場 長野オリンピック・スポンサーシップ記者発表会にて。右は古橋廣之進・日本オリンピック委員会会長(1997年) 外食産業で初の売上高1千億円を達成し、記念パーティーを開いた(1984年) 1999年8月には外食レストランチェーンとして国内初の3千店を達成した。左はマクドナルドインターナショナルのジェームズ・カンタルーポCEO