JavaScript対応ブラウザで表示してください。

偉人列伝

第44回 後藤康男(1923年―2002年)

後藤康男  安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)の社長、会長として16年間君臨し、同社を、当時ガリバーと称された東京海上火災保険に次ぐ業界第2位に導き「中興の祖」と呼ばれた。
 また1987年には、創業100周年記念事業の一環として、ゴッホの「ひまわり」を当時の絵画取引で最高額となる53億円で落札、大きな話題を呼んだ。本社美術館に展示し“ひまわりの安田火災”として全国から絵画ファンが訪れた。
 愛媛県松山市出身。48年、安田火災海上保険に入社し、勤務の傍ら大学に通い、51年法政大学経済学部卒業。71年福岡支店長、73年取締役、74年社長室長・調査室長、80年副社長を経て83年社長に就任し、元社長で義兄である三好武夫氏の拡大路線を踏襲、自動車保険や貯蓄性の強い積立保険の拡販に注力した。
 猛烈な営業努力が功を奏して88年度の上半期には、海上保険などを除いた元受収入保険で東京海上火災保険を抜き、同社を業界トップ企業へと導いた。
 また環境保護問題にも積極的に取り組んだ。92年経団連自然保護基金運営協議会初代会長に就任し、同年6月ブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミット(環境と開発に関する国連会議)では経団連ミッションの団長を務めるなど、3期6年にわたり世界23カ国でNGO(非政府組織)の自然プロジェクトを支援した。
 98年には、環境の保護・改善に功績のあった個人を表彰する国連環境計画の「グローバル500賞」を受賞し、日本を代表する「環境派財界人」として名声を博した。
 88年藍綬褒章受章。(肩書は当時)

フォトギャラリー

後藤康男 文化・芸術に造詣の深い鈴木治雄・昭和電工名誉会長と対談(1999年) 「不合理なもの、非効率なもの、反社会的なものに対して挑戦していく精神が大切です」。聞き手は本誌主幹の佐藤正忠(1986年) 画家の田村能里子さん(右)作の壁画「みのりのとき」の前で(1992年)
「モスクワ プーシキン美術館所蔵によるヨーロッパ絵画500年展」の会場で飛山一男・いすゞ自動車社長と握手(1990年) 出勤前に玄関で延子夫人にネクタイを直してもらう(1987年) 「ゴッホとその時代」展のオープニングでテープカット(1993年) 囲碁棋士の小川誠子四段と本誌で誌上対局(1985年)
土井定包・大和証券会長(左)、西田東作・ゴールドウイン社長(右)と小金井カントリー倶楽部でゴルフを楽しむ(1997年) 本社内に合気道場を設け、自ら合気道を始めた(1987年)