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偉人列伝

第45回 高木禮二(1927年―2007年)

高木禮二  一介のセールスマンから身を起こし、シュレッダー(文書裁断機)の国内トップメーカー明光商会を一代で築き上げた立志伝中の経営者だ。
 兵庫県神戸市生まれ。1947年拓殖大学専門部開拓科中退後、トラック運転手などさまざまなアルバイトを経て、48年有限会社戸山ナイロン商会を設立。百貨店の修理コーナーに集まるナイロンストッキングを工場に届ける運送業やストッキングの修理、製造業を手掛けた。時は折しもナイロンストッキングの勃興期を迎え、時代の追い風に乗り巨万の富を築いた。
 しかし、新規参入者が相次ぎ対抗できず、廃業に追い込まれた。
 54年リコーの複写機販売会社三幸へ入社し、56年単身無資本で明光商会を創業した。複写機用の現像液販売を経て、日本初の自動文書裁断機を開発、60年1月MSシュレッダーを発売した。
 発売当初は情報保護の重要性が十分認知されず苦戦を強いられたが、64年のロシア人による産業スパイ事件で企業が秘密保持の重要性を認識し始めたことや、都内のビルでゴミの焼却ができなくなったことから、シュレッダー事業が急拡大し、同社のMSシュレッダーは一時国内シェアの8割を占めた。
 その後も写真やカードをフィルムで完全密封するパウチや、銀行窓口に置かれている音声付受付順番表示システム「ボイスコール」などの製品を発売し、総合事務機器メーカーとして確固たる地位を築いた。
 一方、盆栽愛好家としても有名で、本社内に高木盆栽美術館を開館し、盆栽約1千鉢、盆器、浮世絵など約4千点のコレクションを所蔵、季節に合わせて展示していた。88年黄綬褒章受章。(肩書は当時)

フォトギャラリー

高木禮二 新本社ビル竣工記念パーティーで、CMに出演中の竹村健一氏と(1982年) 岡田茂・東映社長(右端)に口説かれて、映画「動乱」に出演。左から数佐三郎・東洋印刷所社長、高木氏、山口明・日本ケミファ社長 創業20周年パーティーで出席者を出迎える(1979年)
右から瀬島龍三・伊藤忠商事会長、田中角栄元首相、中川一郎代議士、高木氏(1979年) 歌手の島倉千代子さんと本誌で対談(1999年) 「感謝の気持ちを忘れずに仕事をすれば成功します」。聞き手は本誌主幹の佐藤正忠(1991年) 「盆栽は世界に誇れる日本の伝統園芸です」。本社に開設した「高木盆栽美術館」にて(1998年)